
わたしはリスク・ホメオスタシス(Risk Homeostasis)理論が好きです。
これは、クイーンズ大学の名誉教授であるジェラルド・J・S・ワイルドによる
- 人は、自分の許容できるリスク水準を持っており、環境が変わってもそのリスク水準を保とうとする
という理論で、無意識化で、
- その行為によって得られるリターン(快楽や利便)に対して、どれだけのリスクを許容できるのか?
を判断し、自分の求める『リスク水準』に寄せていくことを指しています。
(ここで上げている”リスク”は投資における”リスク”ではなく、日常生活におけるリスクです)
安全だったら攻められるぜ!
代表的なものとしては、
- ABSやエアバッグ、ESCが車に搭載された
- リスクが低減した分だけ、ドライバーがリターン(目的地に早く到着する)のためにスピードを出すようになり
- 事故の件数や重症度は、必ずしも下がらない
といったものがあり、他にも
- スキーではヘルメット着用者の方がスピードを出している
- 医療技術の進歩によって健康行動が悪化している
といったことが言われています。
投資関連では
- 投資家への損失補填制度が充実すると、投資家が大きなリスクを取るようになる
といったことが言え、リーマンショック時には、
- 破綻しそうになっているリーマンブラザーズを救済すると、金融機関が「いざとなったら助けてもらえる」と考え、無謀なリスクを取ることになる可能性がある。と、モラルハザードが懸念の一つとしてあったため、「救済しない」という決断をした
という話がありますCould the Fed Have Rescued Lehman Brothers?)
これなんかは、
- 安全装置(救済措置)が整うと、より大きなリスク(ギャンブル的投資)が増える
ことの代表例かと思います。
個人投資家にとって
このリスク・ホメオスタシスは、個別株投資からオルカン投資に移行していった方の中には、とてもよく理解できる方も多いのではないかと想像します。
個別株投資をしていたころは貯金をそこそこ残していたのにも関わらず、オルカンに切り替えてからは多くの割合を投資しているような方は多いでしょうから。(私はそうです)
このリスク・ホメオスタシスは、『どうしようもない本能』のように感じてしまうかもしれませんが、これによって『リスクを理解すること』の大切さがよく分かります。
『一定のリスクを取るように行動する』わけですから、例えば
- 低リスク資産を増やしたのに、生活費を増やすことでリスクが上がった
- レバレッジ投資を始めたので、現金比率を上げた
- 大きな資産を手に入れたので、FIREして労働収入を断った
といった形で、これがバランスが取れている選択であれば『リスク』を正しく理解できている、よい行為だと言えるかもしれません。
しかし、
「オルカンは常に右肩上がりだから、3倍レバレッジをかけても危険ではない」
と誤認していると
「レバレッジをかけた代わりに、どこかに安全策を設けよう」
という思考にたどり着けず、無意識のまま『自分の許容できるリスク』を大きく外れたリスクを取ってしまう可能性があります。
リーマンショック時に信用取引に手を出して、追証に耐えきれなくなった20年前の私なんかはまさにそれで、信用取引のリスクを正しく理解できていなかったためリスク・ホメオスタシスがあったのにも関わらず、自分の許容リスクを超えてしまっていました。
対策ちゃん
さて、ジェラルド・J・S・ワイルドは、リスク・ホメオスタシス理論によって
「車の安全装備を強化しても、事故の件数や重症度が下がるとは限らない」
としたわけですが、だからといって
「どうしようもない」
と言っているわけではありません。
自動車の例で言えば、
- 罰則を強化する(スピード違反など)
- 社会的評価(煽り運転ダサいw)
といった『リスクを取ることのコスト』を上げることを提案しています。
投資で考えると、上(国や証券会社)から実施する
- 過度な短期売買に高税率をかける
- レバレッジのコストを高くする
- 強制ロスカットの水準を下げる
といったものもあれば(おススメしているわけではありません)、個人で実施する
- 売買結果をSNS上に公開することによって、負けた時に煽られるようにする
- 恐ろしい身内に借りたお金で投資する
といった案が考えられます。(おススメです)
他にも、私であれば、
- これに大敗した時、自分の生活はどのようになるのかをリアルに想像する
ことが重要であると考えます。
やらかした世界を想像しよう
子持ちであれば、
- 投資先企業が倒産して資産が大きく棄損した時、「海外留学したい」と言ってきた子どもになんといえばいいのだろうか?
- 「無理だ」と答えた時、子どもはどんな顔をするのだろうか?
といったことをリアルに想像すれば、自分の取っているリスクが大きなものに感じられるかもしれません。
これは、身近な人が大病を患ったり、テレビなどで病気に関する情報に触れたりすると、とたんに健康に対する意識が強くなって食事や運動に気を遣うのと同じで、
- リスクを身近に感じられることで、始めてリスクの大きさに気づく
ことを利用しています。
これら場面に直面していなくても『運動や食事は人生にとって重要である』と理解しているはずですが、普段はそれを身近に感じられていないがためにリスク(怠惰な生活など)を取りすぎてしまっているわけですね。
これは『リスクを大きくする』のとは厳密には違いますが、『リスクが大きいことを再認識する』ことによって、自分の求めているリスク水準に近づけることができると考えます。
読者のみなさまにおかれましては、投資がハイリスク・ハイリターンであることは重々承知しているかと思います。
しかし、金額的なリスク(50%減るかもしれない!全損してもおかしくない!)を、生活に対するリスク(子どもの養育費がなくなる。離婚することになるかもしれない)を直結して考えられていないのであれば、一度『投資でやらかした世界』を想像してみてはいかがでしょうか。
また、リスクを下げる時には
「低リスク資産にした分、どこかで追加リスクを取るようにしていないかな?」
と一度考えて頂ければ幸いです。
ジェラルド・J・S・ワイルド氏の著書はこちら。
本記事の内容が、本ブログの賢明なる読者達に届けば幸いです。
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