
「FIREの本質はREでなくFIにある」という言葉を聞く機会が増えた気がしますが、
「REのためにFIを目指したっていいじゃん!」
と思うのです。
『FIが本質』という言葉は、
「リタイアすることよりも、経済的自立を手に入れることこそが重要である。」
「FIを達成することによってREを含めた様々な選択肢が増え、人生の自由度が増す」
という考え方です。
多くの資産を持っていれば、
- 様々なものを手に入れられる自由
- 色々なサービスを受けられる自由
- いつでも仕事を辞められる自由
が手に入ります。
よってFIを達成した人物にとって、REは『数ある選択肢のうちの一つ』でしかなく、『高級車を買うことができるからといって、買うわけではない』のと同じように『仕事を辞められるからといって、辞めるわけではない』という選択をするのはおかしなことではありません。
「いつでも実行できる」これが重要なわけで、実際に実行するかどうかは些末な問題です。
よって、FIREにとってFIが本質であり、REは選択肢の一つ(オマケ)でしかない、と言うことができるわけです。
しかし、
REに希望をもって、FIを目指したっていいじゃん!
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「FIに本質がある」ってカッコいい
それどころか、実体としては「REするためにFIを目指している人」が多数ではないかとも想像します(知らんけど)
肌感覚では、『好きで仕事をしている人』よりも『好きではないが仕事をしている人』の方が圧倒的に多いように思えるからです。
よって、多くの労働者は、
「仕事を辞められるのなら辞めたいが、諸事情(金銭や常識、世間体など)によって辞めることは避けている」
という選択をしているだけだと想像します。
であるのにも関わらず、そういった声が聞こえてこず「FIに本質がある」という声を聞く機会が増えているのは、
- 「FIに本質がある」という言葉がカッコよく、強者であることを感じさせる言葉だから
なんじゃないかと思うわけです。
「FIしているけど、仕事を続けている」という言葉には、強者の匂いがプンプンします。
反対に、もしも「REに本質がある(キリッ)」なんてことを声高に言ってしまえば、
「仕事が辛いから逃げてるだけだろwww」
「役立たず乙www」
と煽られてしまうこと間違いなしです。
くそう。
恥ずかしいどころか、とても屈辱的です。
「役立たず」には反論できても、「仕事から逃げた」に対して反論することは難しいいどころか、実際に逃げているようなものですから。
「仕事よりももっと重視することを見つけた」と体裁を整えようとしても、Weblioによると『逃げる』とは以下のように定義されており、

『 面倒なこと、いやなことから積極的に遠ざかろうとする。』という定義にもろ当てはまってしまうため、「逃げてない!」ということは難しいです。
悔しい…。
自浄作用が強すぎる
そうすると「REに本質がある」と思っている人がいたとしても、これを発言することによる非難を想像すると発信することが難しくなります。
また、仮に「REに本質がある」といった言葉がどこかから上がってきたところで、それに賛同することは弱者認定されるようなことになりかねませんので、同意の声を上げることすら難しいです。
弱者認定されたくないし。
よって、事実としてどれだけの人が「FIに本質がある」と考えているのかとは別に、この言葉ばかりが持ち上げられるようになり、この言葉が核心をついていると考えられるように広がっていきます。
これによって、『FIできているとは言い切れない資産』で「FIREした」と宣言している人々に対しての風当たりは強く、可哀そうになるほどです。
これは、FIRE業界(?)において強い自浄作用が働いているということの証明なのかもしれません。
ゆとりをもった資産を手にFIREした人達としては、
「”3000万円でFIRE”と言っているような人たちと一緒にされたらたまらん!」
と、FIREブランドを守ろうという意識が働き、これによって多くの批判が生まれてくると考えられます。
自浄作用のあるFIRE業界はすばらしい。
しかし、どうしても仕事を続けることが難しく
「多少無理をしてでも、一刻も早く仕事をやめたい!」
と思っている人々にとっては厳しい仕打ちだと感じます。
そこで、
- FIREを汚されたくない人々
- FIREしたことを批難されたくない人々
の両方の要請によって、バリスタFIREやコーストFIREといった『FIしているのか、していないのか分からない言葉』が生まれていったのだと想像します。
…想像しますが、
FIRE業界はこういった言葉ですら批判される修羅の世界となっています。
しかし、こういった批判は時に自分の首を絞めることにもなりかねません。
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自分だって分からんじゃん!
というのも、『本質である』とされているFIを「100%達成している」と言い切ることは難しいからです。
多くの人は、株式などのリスク資産を保有してFIREしているかと思いますが、この先もリスク資産がリターンをもたらしてくれるとは限らず、『暴落で資産が半減し、10年、20年たってももとに戻ることはなかった』といった事態に遭遇してもおかしくありません。
実際に、4%ルールの元であるトリニティスタディでは、
- 『株式75%、債券25%』であれば、毎年4%ずつ取り崩しても98%の確率で30年間資産を維持できる(株式100%だと5%の確率で破綻する)
とされているわけなので、少なくとも年間支出の25倍しか保有していない人は、そこそこの確率で『FIできていなかった』という未来が待っています。
もっと多くの資産を持っていたとて『FIできている確率が上がる』だけでしかなく、本当にFIできていたかどうかは、実際に『予測不可能な未来』に到達するまで分かりません。つまり、生きている限り分かりません。
未来には、怪我や病気よって支出額が急増したり、災害によって資産を大きく棄損する可能性すらあります。
よって
- 多くの場合において『FI』なんてものは幻想にすぎない
と言え、幻想である『FI』に本質があると言ってしまうのには違和感が残ります。
そう考えると、『資産3000万円でFIREした人』と『資産3億円でFIREした人』に本質的な違いはなく、
- 資産が多ければ多いほどに『FIできている確率』が上がるだけの、グラデーションにおける立ち位置が違うだけに過ぎない
と言えるでしょう。
つまり、よほどのケースを除き、資産の額に限らず『Financial Independence, Retire Early Challenge』をしたに過ぎないと言えます。
みんな仲間じゃん。
FIREに正解はない
最後に…。
『FIが本質』という言葉にはうなずけます。選択肢を広げるための『FI』であり『RE』を求めていない限りそれを実行する必要はまったくないわけですから。
しかし、反対に「FIしたのにREしないなんて意味がない。REに本質がある!」という考え方も間違っているとは思えません。『自由に選択できる権利』を手に入れたとて、それを行使しない限りにおいて効用は小さいからです。
『FIを重視する人』『REを重視する人』真逆の考え方ですが、どちらか一方だけが正解というわけではありませんし、どちらか一方がFIREの本流であるとも思いません。
人の望みは、人によって異なるのですから。
仕事に関しても、
- 収入を重視して『やりたい仕事』を諦めている人
- 『やりたい仕事』を重視して収入を諦めている人
のどちらも存在しており、
前者であれば「REが大事!」となる人が多いでしょうし、
後者であれば「FIが大事!」となることでしょう。(現実には『高収入で楽しい仕事』や『低収入できつい仕事』も多いですけども…)
そんなわけで、FIREに求める希望は人によって異なるわけなので、偏見にされさらることもある「REのためにFIを目指す!」という考えが、陽の目を見られる日がくることを祈っております。
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いやー、妄想がはかどったわー。
FIREについて真面目に考えてきた人には怒られそうだけど、それでも公開しちゃうw
本記事の内容が、本ブログの賢明なる読者達に届けば幸いです。
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