
「私はサラリーマンの時に、退職という名のチケットの欠片を買い集めていた」
と書きたいだけの記事です。
響きが良いような気もするものの、カッコつけすぎて恥ずかしい気がしないもでないのですが、でも記事にしちゃう。
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というのもまぁ、
「お金は使わないと意味がない」
という言葉を聞くたびに、なんとなく違和感を感じ続けているからです。
過去には
「貯蓄には精神安定剤的な役割があるじゃん。使わなくても効用があるじゃん。」
みたいな記事も書いてきていますが、物足りなさを感じておりました。
そこで、サラリーマン時代に手取りの半分を投資していた時代を改めて思い返してみると、投資することによって資産を増やすことは、『お金を使って何かを手にすることを諦めている』感覚ではなく、真逆に『なにかを手に入れている』に近しい感覚があったことを思い出しました。
例えるなら、
完結しているマンガを少しずつ買い集めているように、
ディアゴスティーニが少しづつ届くのと同じように、
お気に入りのウィスキーをそろえていくのと同じように、
高級腕時計を集めていくのと同じように、
給与が振り込まれることで「また、ひとつ手に入ったぜ!」という感覚を味わっていました。
つまり、貯蓄・投資も『コレクションを買い集めていく感覚』に近しいものがありました。
これを思い切って言い変えると、
- 『お金を使う≒モノを買う』も『貯蓄・投資』も、似たような行為である
となります。
『権利』を買う
お金の使い道は『モノを買う』に限らず『サービスを受ける』『権利を買う』にも使えます。
例えば、
- 夢の国へ入場する権利
- 特定の職業に就くことが許可される権利(資格)
- いくらでも動画を見られる権利
- 死亡時に家族がお金を受け取る権利
といったものがあります。
同様に『働かなくても生きていける権利≒FIRE』が購入できたとしても、おかしくはありません。
もちろん、その権利の価格はあいまいで、かつ他人が保証してくれる権利ではありません。
よって、一般的な『権利の購入』と一緒にすることはできませんが、個人でゴール(引退できる金額)を定め、そこに向けて資産を貯めていく行為は、『少しづつ権利を購入していく行為』といっても差し支えないでしょう。
また、貯蓄によって手に入る権利は『仕事を辞める権利』だけでなく、
- 仕事を一時的に休む権利
- (収入でなく)好きな仕事を選ぶ権利
- 挑戦する権利
- アクシデントに耐えうる権利
といったモノも手に入れられます。
これら権利を行使することは一生ないかもしれませんが、
- ”いざ”という時に備えられる
- ”いざ”という時が発生しうる行為にチャンレジできる
のはとても大きなメリットです。
貯蓄があるということは、人生の幅を広げ、失敗を恐れずにより自由に行動できる権利を手にすることと等しいです。
この権利は、いわゆる”保険”に近しいものですが、自動車保険や生命保険のように限定されたものではなく『人生の保険』と言え、これを貯蓄によって手に入れることができます。(しかも保険料を払わずに)
そこらへんも加味すると、
- 『貯蓄』も消費のイチ形態である
という主張になるわけです。
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消費してええええ!という時が来るかも
よって、必要以上に
「お金は使わないと意味がなああああい!!」
と考えることなく、
「旅行に行くか?家電を買うか?」と同じレベルで「貯蓄を買うか?」と考えればいいのでないでしょうか。
なお、『目的のない貯蓄に意味はない』との反論もあるでしょうが、
貯蓄とは、『将来、色々なモノを買う権利』『将来、良質なサービスを受ける権利』を買う行為であるとも言えますので、
「今はこれにお金を使うんじゃああああ!!!」
という特別なものがない限り、将来に備えて貯蓄しておくのも良い手なんじゃないかと、
娘が大きくなるにつれて旅費や教育費が爆増してビビっている私なんかは思います。
いつか来るかもしれない日の備えとしても、貯蓄はだいじ…。
本記事の内容が、本ブログの賢明なる読者達に届けば幸いです。
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