何度も書いていますが、

「時間が足りない」
仕事を辞める前には、
「セミリタイアしたら毎日映画を見るんじゃああああああ!!」
と考えていたのに、週に1,2本しか見れていない。
くそう。
仕事をしていた時は「趣味に時間を割けないのは当然だ」と思って諦めていました。平日は毎日8時間以上も拘束されるわけですから。
しかし、仕事やめているのにも関わらず趣味の時間が足りないのは何でだぜ?
毎日2時間の映画が4本見れるほどの時間が確保できたはずなのに?
もちろん、みなさんおなじみの『時間が空いたらついついSNSを見てしまう』というワナに取られている時間があることも自覚していますが、それにしても何時間も取られているわけではないのに。
悔しい…。
もしかすると『諦めていた現役時代』よりも『セミリタイアしたいま』の方が時間が足りないという感覚が強いとすら思えます。
これに関連するのが『時間の使い方』よ。
以前以下の記事で書いた通り、現在は結構カッチリと時間を決めて行動しています(イザリアの箇所が読書になりましたが)
平日は、
午前中に筋トレをして、
12時からお昼ご飯を食べ、
午後にブログを書き、読書をする。
だいたい時間が決まっています。
午前中、多少やる気が出なくても筋トレします。
午後、眠くたくてもブログを書きます。
せっかく自由な時間を手に入れたのに…?
見かたによっては『計画的で良い生活リズムが保てている』とも見えるのでしょうし、実際に『良いリズム』と評価する人が多いような気はします。
しかし、これは誰にとって『良いリズム』なんだろうか?
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私にとって良い?
社会にとって良い?
会社にとって良い?
はて…?
そんなこんなを考えていると、この時間拘束が「時間が足りない」という感情を強くしているのではないかと想像してしまいます。
うーん…。
大きな不満があるわけではないのだけども、なんとなくセミリタイア生活を”うまく”満喫できていない気がしてきたぞ。
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さて、こんなことを考えながら思い出したのは、ジャレド・ダイアモンド氏の『昨日までの世界』という本に書かれていた、
- 狩猟採集民族は、雨が降ってきたら雨が止むまで何もしない
- 食料が十分にある日は狩りにいかない
- 「明日また来る」と言っても来ないことが多い
- そもそも時計がないから、時間を守ろうとする概念そのものがない
というエピソードです。
なんとなく、憧れちゃった。
これに比べて、私の生活は
天候や資産額によって行動が左右されることはほとんどありませんし、
毎日時計を見ながら規則正しく行動していますし、
他人とした約束はきっちりと守るようにしています。
いや、まぁ、これが『普通』なんでしょうけども、
やはりこれは、誰にとっての”普通”なんだろうか?
う~ん…。
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と書いてきたわけですが、現状において何かしらの答えが出ているわけではありません。
好き勝手に生き、生活のリズムが狂うことでメンタルを病む可能性もありますし、
そもそも、小3の娘がいる環境であるために、そもそも『生活のリズムを守らない』という選択肢はないかもしれません。
現時点で少なくとも言えることは
- いまの生活は満点ではない
ということです。
というわけで、もっとより良い生活を目指すべく邁進してまいりたいと思います。
思いますが、その”邁進”する行為そのものが落とし穴である可能性も忘れないよう肝に銘じておきます。
つづく。
本記事の内容が、本ブログの賢明なる読者達に届けば幸いです。
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