「貯金を趣味にしているやつは幸せになれない」
と主張する記事を見つけ、反論したくなりました。
それはPRESIDENT Onlineに掲載されていた記事で、一部を引用すると、
貯金が趣味の人は、どれほどお金があったとしても幸せになれません。なぜなら、常にお金が減るのを恐れ、「もっともっと」とお金を欲しがって、貯金通帳の数字が増えることだけが楽しみで生きているわけですから。
お金があるのにケチな人間というのは疎まれて、結局、人が離れていきます。卑しいやつだとか、御里が知れるよねなどと、そしられるだけです。
とありましたが、

「他人の趣味に口出しするな!」
と、言わざるをえません。
わたし自身は「お金は使うためにあることを忘れないようにしよう」と考え、そう発信していることが多いですが、「貯金額を増やしたい」という嗜好を持っている人に「貯金ばかりに固執することは悪です」とその個人の考えを否定するようなことはしません。
そもそも、貯金に限らず他人の好みを理解することは難しいです。
実際に、私もカラオケやフラワーアレンジメント、アロマテラピー、推し活などを趣味にしている人の気持ちは分かりません。
分かりませんが、否定はしません。
数字を追い求める
また、
貯金通帳の数字が増えることだけが楽しみで生きているわけですから。
と数字を追い求めることを批判していますが、これは
- ベンチプレスが趣味の人は、どれだけの重さを挙上できたとしても幸せになれません。なぜなら、常にベンチプレスの記録が下がるのを恐れ、「もっともっと」と記録を…
- マラソンが趣味の人は、どれだけ早いタイムで…
- ゲームが趣味の人は、どれだけ高得点・高勝率…
と、他の趣味にも当てはめることができます。
わたくしも、若かりし頃には陸上競技に打ち込んでおり、昨今では筋力トレーニングを趣味としていますが、これらに対して、
「走るだけの何が楽しいの?」
「なんのために鍛えているの?」
と言われたことがあります。
その問いに対する答えは、
「数字が伸びていくことで成長を実感できることほど楽しいことはない」
となりますが、これはすべての人が理解できるような喜びではないとも思います。
こんな『趣味・嗜好を否定された経験』をしてきたからこそ『数字を追うことの楽しみ』を否定されたことに対して怒っているのかもしれません。
本人が稼いだお金を使い、本人が楽しみとしている数字に熱中する。
素晴らしいことじゃないですか。
『貯金=悪』ではない
なお、記事には以下のような批判もありました。
お金は使ってナンボのものであって、少なくともお金を貯めることを人生の目標にしてはいけない。使わないと、自分のためにも、社会のためにもなりません。
とりわけ資本主義の世の中で社会が発展していくためには、稼いだ金を使ってもらわないと世の中が回っていきません。
つまり『貯金=悪』としているわけですが、それに関しても疑問に思います。
問題は貯金の先にある
- 預かっているお金をよい投資先に配分することができない銀行
- 積極的に銀行からお金を借りて大きな成長を狙わない企業
- そもそも低金利となっている社会
といった要因が重なることで『お金がうまく循環していないこと』にあります。
であるのにもかかわらず、
「貯金だけをすることは、自分のためにも、社会のためにもなりません」
と、貯金している人間だけを断罪するのはおかしいでしょう。
仮に『貯金せずにお金を使う=社会にとっての善』であったとしても、『貯金が趣味の人間』にそれを強いる行為は、
「社会の発展のために自分の楽しみを捨て、”貯金が減る”という苦痛を受け入れろ」
と言っているのに等しいです。
まるで独裁国家ですね。
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と、いうわけで、冒頭で紹介した記事を読んで
「個人の趣味が尊重される世界であって欲しいなぁ…」
と思うのでした。
とはいえ、
- 他人の趣味を尊重するためには、『他人の趣味を否定することを趣味にしている人間』のことも受け入れなければならない
という矛盾もあるわけで、これはまた難しい問題ですね。
本記事の内容が、本ブログの賢明なる読者達に届けば幸いです。
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