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吉野家常務による「気娘をシャブ漬けに」発言の炎上について思うこと…

吉野家常務の「気娘をシャブ漬けに」発言の炎上について、色々と思うことがあったので、取り上げてみます。

 

私個人としては、

「むちゃくちゃ下品な発言で、よくもまぁ人前であんな話ができるなぁ…」

と思う反面、

「これで炎上する世間もどうなのかなぁ」

なんて思ったりもします。

 

ざっと書き出すと

  • おっさんの中では『許される、笑いの取れる発言』をしたつもりだろう
  • そう思うようになったのは、そんな環境で生きてきたからだろう
  • そんなおっさんの存在でも認めるのが多様性じゃないの?

なんてことを思うわけです。

(『見知らぬ人』を『おっさん』呼ばわりするのもどうかと思いますが…)

 

例の発言は、『大学主催の社会人向け講座』の中での発言なので、事前に発言内容を考えたうえでの発言かと思います。

 

つまり、おっさんは「この発言はうける!」と判断した上でした発言なんだと思います。

 

その判断が『世間とズレている』のは間違いありませんが、おっさんの中ではセーフだったのでしょうし、実際にこれを『セーフ』と判断する人も結構いるでしょう。

 

そう考えると、問題は『おっさんの常識(判断基準)』にあるということになります。

 

おっさんの常識はどう出来上がったのか?

どんな人であれ、

  • これはやってOK!
  • これはやっちゃダメ

といった判断基準は、生きていく過程で作られるはずです。

 

子どものころに親から「それはやったらダメ!」と言われ、

学生になれば教師から「その発言は人を傷つけるからダメ!」と言われ、

社会人になれば上司から「それはマナー違反だ!」と言われ、

少しずつ常識が身に付いてきます。

 

つまり『おっさんの常識がおかしかった』ということは、『おっさんの歩んできた人生に問題があった』ということになるのかと思います。

 

例えば、

  • 甘やかされて育ってきた
  • 強引に周りをねじ伏せてやりたいようにやってきた
  • 下品な発言があたり前のように飛び交う世界で生きてきた

といった環境にあったのかもしれません。

 

んで、3点目が重要だと思っていて、

  • 時代や場所が変われば常識が変わる

わけなので、あの発言も『時代が違えば』『場所が違えば』なんの問題もない発言だったんだろうと思います。

(実際に、おっさんの生きている世界ではセーフなんでしょう)

 

「『いまの常識』や『発言する場所』に合わせてアップデートしろ!」というのも大事ですが、歳を重ねていけばアップデートは難しくなりますし、『いまの常識』だって、会社や地域、国によって違います。

 

アップデートしようと必死に努力したところで、完璧にこなすことはできないでしょう。

 

そして、アップデートを完璧にすることができないとすると、今回のような炎上を防ぐためには

  • すべての人の常識を統一する必要がある

とも言えます。

 

しかし、これもどう考えても不可能でしょう。

 

あのおっさんは、『世間一般とずれた世界(や時代)』に生きてきて、そういう価値観を持った人間になったわけで、

現にそういう価値観を持ったおっさんがいるのは変えようのない事実です。

 

おっさんを責める行為は『おっさんの人生を否定している』のに近く、おっさんからすると「そんなこと言われても、そうやって生きてきたんだもん」としか言えないでしょう。

 

いまは吉野家のおっさんが注目されていますが、同じように『ずれた価値観をもった人』はいくらでも存在しており、それを見つけるたびに責めるのは建設的とは思えません。

 

そこで重要なのが『多様性』なのかと思います。

 

ここ数年は「多様性を大切にしよう!」といったことをよく聞きますが、今回のように『価値観が違う人間を叩く』のは多様性の真逆を言っているような気がします。

 

あんな価値観のおっさんでも認めるのが多様性じゃないの?

世の中にはいろんな人がいて「どう考えても仲良くなれない!」「考えていることがまったく理解できない!」と思ってしまう人がそこら中にいます。

 

しかし、そんな人がいたっていいんじゃないでしょうか。

 

価値観は人それぞれなので。

 

『それぞれの価値観』を許せるようになれば、今回の炎上発言にしても

「くっそくだらないことを言うおっさんがいるなぁ…」

と思いつつも

「あんな発言が許される時代、世界があったんだなぁ…」

なんて想像して、許してあげられるようになる気がします。

 

極端な話、世間の全てのひとが

「下品なおっさんも認めてあげよう。」

と考えられるようになれば、誰も不快に思わず、炎上なんかおきなくなります。

 

時代や場所が違えば、OK・NGのラインが違うのはあたり前のことで、世間一般のNGラインを超えた人を責める行為は、「多様性を認めない」という意思表示に感じてしまいます。

 

出来の悪いおっさんを責めたところでどうにもならない

繰り返しになりますが、吉野家のおっさんは世間一般とは違う常識を持ったマイノリティです。

 

世間の常識からすると『出来の悪いおっさん』なんだと思います。

そして、その『出来の悪さ』を責められている状況でしょう。

 

今回のような炎上があると「今の時代に考えられない発言だ」といった批判があがります。

しかし、おっさんも時代についていこうと必死だったのかもしれません(知らんけど)

時代についていこうと必死であったのにも関わらず、ついていけないが為にやらかしてしまっただけかもしません。

 

この状況を私なりに例えるなら、

『中学生にもなって九九が言えない(世間的には)出来の悪い子ども』に対して、先生が「どうしてできないんだ!」「お前は悪いやつだ!」「授業の足を引っ張るな!」と責めているような状況に近いと感じます。

 

勉強が苦手な子だっています。

必死に勉強しても覚えられず、ついていけなくなってしまっただけかもしれません(知らんけど)

 

そして、責められようとも九九ができないのは事実なわけで、責めたところで問題が解決するわけではありません。

 

九九ができないのであれば、優しく九九を教えてあげるべきでしょう。

 

同じように、『(世間的には)出来の悪いおっさん』に対しても優しく教えてあげられないのでしょうか。

 

誰にだって非常識な部分があって、どれだけ気を使っていても、その非常識がなんらかのタイミングで表に出てしまうことはあるでしょう。

そんな時は、「いやー、違うんじゃない?」と優しく指摘してあげるべきではないでしょうか。

 

理想は「すべての人が炎上する発言をしないようにする」なんでしょうが、様々な常識を持った人がいる以上、そんなのはどう考えても不可能でしょう。

 

よって、『自分とは違う人(多様性)を認める』ことが、優しい世界になっていくためには重要な気がしています、

 

『自分には理解不能な常識を持った人もいる』と理解し、そんな人に出会った時は、

  • そっと距離を置き
  • 許せなければ軽蔑して
  • 我慢できなければ(心の中で)罵り、バカにしまくって
  • でも許してあげる

のが大事なのかなぁ、と思うのでした。

 

出来の悪いおっさんにも優しくしてあげられる、優しい世界になった欲しいですね。

と、世間一般の常識から外れているることが多いIT界隈の私は思うのでした。

 

 本記事の内容が、本ブログの賢明なる読者達に届けば幸いです。

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