「人口が減ったら格差がなくなるんじゃないのか」と想像してみるの続きで、筆者のただの想像です。
前回は、
「人口が減ったら、お金が平等に配られるので格差が減る」
という結論になったものの
「お金が平等に配られてしまうと、インフレになるだけで豊かになれないのではないか?」
という疑問を持ったまま終わってしまいましたので、その続きを考察していきたいと思います。
『豊か』って何なんだろう?
極端な話をすると、
- 世界の資産の9割を持つと言われる、富豪のトップ○○人が全員亡くなり、その資産が全ての人に平等に配布されることとなった
といった事態が発生した後の世界では
- 世界中の人が、同じくらいの購買力を手に入れる
ことになります。
つまり、
- 需要が高まり、一気にインフレが進む
ことが予想されます。
もともと極貧層だった人々は、お金を受け取ることができれば(たとえインフレが進んだとしても)様々なモノを買えるようになるため、(少なくとも)一時的には豊かになることが予想できますが、
もともと中流階級だった人々は、お金を受け取ったところでモノの値段が上がっているので、生活が豊かになることはなさそうです。
つまり、
- 金持ちのお金を全員に平等に配ったところで、全員が豊かになるわけではない
というわけです。
「じゃあ、どうすれば豊かになれるのか?」と考えると、
- 自分以外の人の資産が少ないまま、自分の資産だけが増えることが必要
となります。
つまり『相対的な資産の量が、豊かさを決める』となり、
- 貧乏な人がいるからこそ、豊かな人でいられる
という残念な考えにたどり着きます。
しかし、こんな考えでは
「自分が豊かな人生を送れているのは、多くの貧困層を踏みにじっているからだ」
となってしまい、メンタルによくありません。
よって『”豊かであること”=”お金があること”ではない』と、考えを改める必要がありそうです。
そこで、著書『幸せとお金の経済学』では、
- 絶対評価で幸せを感じる、非地位財(健康や自由、愛情など)が大切
と語られているわけです。
…何の話をしているかよく分からなくなってきましたが…、今までの話を整理すると、
- 人口減少によって、金持ちのお金がみんなに配られることになる
- お金が配られたからといって、豊かになれるわけではない
- お金以外に豊かさを求めることで、幸せになれるかもしれない
ということになります。
とはいえ、『お金がないことで、最低限の生活すらできていない人々』もいるのは事実なので、『お金配り』には一定の効果はありそうです。
しかし、『お金を配ることで、貧困層だった人々の生活が豊かになる』効果は一時的な援助となってしまい、そう遠くないうちに元の貧困層に戻ってしまうという問題もあります。
援助では貧困を救えない
というのも、お金を受け取ったところで、収入が増えるわけではないので、豊かな生活を送り続けることができないためです。
マネーリテラシーの高い人であれば、受け取ったお金を散財せず、投資に回すことで『お金を生み続ける資産』を手に入れられると思いますが、
残念ながら、貧困層ほどマネーリテラシーが低い割合が高いと言わざるを得ません。
この差について具体例をあげると、寿命が残り50年の全国民に1000万円を配布したケースでは、
- マネーリテラシーの高い人は、(例えば)年利5%の投資をすることで、年間50万円を50年間受け取り続けることができ(生涯で2500万円受け取れる)、遺産として1000万円を残すこともできる
- 貧困層の(マネーリテラシーの低い)人は、受け取った初年度に1000万円全てを使ってしまう人もいるでしょうし、「毎年少しずつ使う」という賢い選択をしたとしても、年間20万円しか使うことができない
という差が生まれてしまいます。
元々貧困層だった人が、年間20万円程度を使えるようになったところで、インフレが進んだ世の中では、たいした生活の助けにはなりません。
それどころか、お金を受け取ったことで「お金があるから、しばらくは働かなくてもいいや」と、貧困層から自力で脱出する意欲を失ってしまうかもしれません。
これは、
- アフリカなどの貧困国に大量の援助(物資や資金の支援)をしてきのにも関わらず、貧困が解消しなかった
という事実からも明らかです。
(ちなみに昨今では、貧困国が自立できるよう『援助≒モノをあげるからこれで生活して!』から『投資≒お金を貸してあげるからこれで事業を拡大して!』へと支援の形が変わっています)
また話が吹っ飛んでいる気がするので、いったんここまでの話を整理すると、
- お金を受け取ったところで豊かになれるわけではない
- お金とは関係ない非地位財を求めることが幸せになるコツ
- 金銭的な豊かさを手に入れるためにはマネーリテラシーが必要
- 貧困層はマネーリテラシーが低い可能性が高いため、金配りでは救えない
となります。
1.2.と3.4.がまったく別の話になっていますが、ただのつぶやき記事なのでご容赦くださいw
さて、ここまで書いてみて新たな疑問が生まれきました。
新たな疑問:みなが豊かになるためには…?
みなさんも
- 『マネーリテラシーの差』は『お金にゆとりある人生を送れるかどうかを決める大きな要素』である
ことに異論はないかと思います。
であれば、
- 世界中の人々のマネーリテラシーが向上すれば、すべての人がお金にゆとりのある人生を送れるようになる
のでしょうか?
残念ながら、ここまで書いてきたように
- 全員が同じようにお金を手に入れたら、あまり意味がない
という前提に立つと、
- 全員が同じようなマネーリテラシーを身に付けたら、あまり意味がない
となってしまいそうな気がします。
つまり、結局のところ(前述した通り)
- 貧乏人がいるから、金持ちがいる
- マネーリテラシーがない貧乏人がいるから、マネーリテラシーのある金持ちがいる
となってしまいそうです。
やはり、繰り返しになりまが『お金の有無で人生が豊かであるかどうかを決めてはいけない』ということになるのでしょうか…。
という、『投資家』の立場から見ると面白くない話となってしまったので、気持ちより投資できるようになる内容も書いておきたいと思います。
テクノロジーの進化が、全人類を豊かにする かもしれない
現代は、技術やサービスの発展によって、
- 大してお金を持っていなくても、十分に人生を楽しむことができる時代
となりました。
具体的には、
- Youtubeのような無料動画サービス
- マンガを(違法でなく)無料で公開しているサイト
といったお金を払わずともいくらでも楽しめるサービスが充実していますし、
(ついでに、読者・視聴者はお金を払わなくても、投稿者には広告収入が発生するという面白いサービス)
月額数百円支払うだけで、Amazon Prime VideoやNetflixのように、一流のコンテンツを無限に視聴することもできます。
インドア派の人であれば、『これらだけで人生を豊かにできる』といっても過言ではありません。
そして、このような『お金がなくても楽しめる方法』が生まれたのは、テクノロジーやサービスの発展によるものです。
少しだけ例を挙げると
- インターネットの誕生によって、どこからでもあらゆる情報にアクセスできるようになった
- ITインフラの技術向上によって、安価に大量のデータを保管、送信できるようになった
- 『広告収入』という概念が個人に広がったことによって、無料の動画(Yotubeなど)、無料の情報商材(ブログなど)が大量に生まれるようになった
- スマホが安価に手に入れられるようになったことで、大量のコンテンツがネット上にアップされるようになった
といったものがあります。
つまり、
- テクノロジーやサービスの発展によって、お金がなくても人生を楽しめる時代となってきた
わけです。
そして、これからもAIやロボット技術の進歩によって生産性が向上すれば、様々なモノの価格が下がり、安価に人生を楽しめるようになることが期待できます。
また、新型コロナウィルスがきっかけとなってmRNAワクチンが実用化されたことで、今後は病気などに対する脅威が減る=必要な医療費が減る、ことも予想されます。
つまり、
- これからも娯楽や生きていくのに必要な費用が下がっていく
と考えられるわけです。
先にも書いた通り、『貧乏人がいるからお金持ちがいる』と考えると、
- 投資によってお金持ちになるということは、貧乏人との格差を拡大することにつながる
わけですが、
- 投資によってテクノロジーの発展を後押しすれば、全人類がお金がなくても豊かに暮らせるようになる
と考えれば、『投資は自分以外も助ける行為』とも言えます。
つまり、
- 投資家は、投資をすることによって『自分の資産を増やす』だけでなく、『全人類を豊かにする手助け』をしている
と言えるわけです。
そう思えば、気持ちよく投資ができそうですね。
うんうん
適当に書いたわりに良い終わり方となって安心したw
本記事の内容が、本ブログの賢明なる読者達に届けば幸いです。
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